はじめに:この記事にたどり着いてくれた、あなたへ
今、この文章を読んでくださっているあなたは、もしかしたら長い間、一人で重いものを抱えて歩き続けてきたのかもしれませんね。
深夜にふと目が覚めて、過去の記憶が頭の中を駆け巡る。周りの人たちは当たり前のように笑い、当たり前のように前に進んでいるように見えるのに、自分だけが時間の中に取り残されているような気持ちになる。
「もう何年も経ったのに、なぜ私はまだこんなに苦しいのだろう」
そんな思いを抱えながら、この記事のタイトルに何かを感じて、ここにたどり着いてくれたのではないでしょうか。
まずは、お疲れさまでした。ここまで、本当によく頑張ってこられましたね。
私は長年、心の傷を抱える人たちと共に歩んできた臨床心理士です。そして、実は私自身も、かつて深い心の傷に苦しんだ経験を持つ一人でもあります。
この記事では、「心の傷を乗り越える方法」をお伝えするつもりはありません。それよりも、もっと大切なことをお話ししたいのです。
それは、無理に乗り越えようとしなくても良いということ。そして、今のあなたの感じ方や在り方を、まずは否定せずに受け入れてもらいたいということです。
「心の傷」は、あなたの弱さの証明ではありません
「私が弱いから、まだ立ち直れないんだ」
カウンセリングルームで、こんな言葉を何度聞いてきたでしょうか。でも、私はいつもこう思うのです。
心に深い傷を負った人が、それでも毎日を生きていること自体が、どれほど勇気のいることか。
心の傷というのは、目には見えません。骨折なら包帯が巻かれ、周りの人も「大変だったね」と気遣ってくれるでしょう。でも心の傷は、外からはわからない。だからこそ、私たちは一人で抱え込んでしまいがちです。
でも考えてみてください。もし、あなたの大切な人が同じような痛みを抱えていたら、あなたはその人に向かって「弱い」と言うでしょうか。きっと、そっと寄り添って、「辛かったね」と声をかけるのではないでしょうか。
心の傷は、あなたが何かを深く感じる力を持っているからこそ生まれるものかもしれません。何も感じない人には、深く傷つくこともないのですから。
あなたが今感じている痛みは、決して恥ずかしいことでも、隠すべきことでもありません。それは、あなたが人として豊かな感性を持っている証拠なのです。
なぜ私たちは、過去の痛みに囚われてしまうのか
「もう過去のことなのに、なぜこんなに苦しいのだろう」
そう思われることもあるかもしれませんね。でも、これにはちゃんとした理由があるのです。
私たちの心は、とても賢い機能を持っています。危険から身を守るために、痛みを伴った記憶を特別に保管し、同じようなことが起きないように警戒し続けるのです。これは、生き延びるために必要な、とても大切な機能なのです。
つまり、あなたの心は今も、あなたを守ろうと一生懸命働いているということなのです。
ただ、時として、その警戒システムが過敏になってしまうことがあります。もう安全な場所にいるのに、心の奥では「また同じような痛みを味わうかもしれない」という不安が続いてしまう。
これは、あなたの心が壊れているわけでも、おかしくなっているわけでもありません。ただ、あまりにも大きな痛みを経験したために、心が一生懸命すぎるほどに警戒を続けている状態なのです。
このことを理解するだけでも、きっと少し楽になるのではないでしょうか。あなたの感じ方は、とても自然で、理にかなったものなのですから。
【私の話】凍りついた時間が、ゆっくりと溶け出すまで
少し、私自身の話をさせてください。あなたと同じように、私にも長い間、触れることのできない記憶がありました。
何も感じないように、心の扉に鍵をかけた日々
20代の頃、私は大きな喪失を経験しました。大切な人を失った悲しみは、あまりにも深く、私は無意識のうちに心に厚い壁を作り上げていました。
「感じないようにしよう」 「考えないようにしよう」 「忙しくしていれば、きっと忘れられる」
仕事に没頭し、勉強に励み、外から見れば何の問題もない生活を送っていました。でも、心の奥底では、何かが凍りついたまま、動かなくなっていたのです。
映画を見ても笑えない。友人との時間も、どこか上の空。まるで分厚いガラス越しに世界を見ているような、そんな感覚が続いていました。
「私はちゃんと生きているのに、どうして生きている感じがしないのだろう」
そんな疑問を抱えながら、それでも日々は過ぎていきました。
ある日、予期せず涙があふれた理由
あれは、心理学の研修を受けていた時のことでした。講師の先生が、何気なくこんなことを言ったのです。
「悲しみを感じることを恐れる必要はありません。悲しみは、あなたが誰かを、何かを、深く愛していた証拠なのですから」
その瞬間、何年間も固く閉ざしていた心の扉が、静かに開いた音?が聞いた感じような気がしました。
涙が止まりませんでした。研修室の片隅で、私はただ静かに泣いていました。それは悲しい涙でもありましたが、同時に、長い間凍りついていた何かが、ようやく動き出した安堵の涙でもありました。
その日から、私の時間は再び動き始めました。悲しみを感じることを許可した瞬間、他の感情も戻ってきたのです。喜びも、怒りも、安らぎも。
完全に「乗り越えた」わけではありません。今でも、ふとした瞬間にその人のことを思い出し、胸が締め付けられることがあります。でも、それで良いのだと思えるようになりました。
その経験があったからこそ、今こうして、同じような痛みを抱える人たちと共に歩むことができるのだと思っています。
今すぐできる、自分を大切にするための3つの小さな習慣
「何かしなければ」と思われるかもしれませんが、急ぐ必要はありません。ここでお伝えするのは、とても小さな、やさしい習慣です。気が向いた時に、無理のない範囲で試してみてくださいね。
1. 感情をジャッジせず、ただ書き出す「ジャーナリング」
ノートでも、スマートフォンのメモでも構いません。今感じていることを、そのまま文字にしてみてください。
「今日は悲しかった」 「なぜかイライラする」 「何も感じない」
どんな感情も、正解も不正解もありません。ただ、心の中にあるものを外に出してあげる。それだけで十分です。
私がカウンセリングをしていて感じるのは、感情というのは「感じ切る」ことで自然と流れていくということです。逆に、押し込めようとすればするほど、心の中に滞ってしまうのです。
書くことで、少しだけ心が軽くなるかもしれません。
2. 「今、ここ」の感覚に集中する呼吸法
過去の記憶や未来への不安で心がいっぱいになった時、「今、ここ」にいる自分の感覚に意識を向けてみてください。
椅子に座っているなら、背中が椅子に触れている感覚。 足の裏が床に触れている感覚。 そして、自分の呼吸の音。
深く息を吸って、ゆっくりと吐く。それを何度か繰り返してみてください。
これは、心をリセットする魔法のような方法ではありません。ただ、混乱した心を、少しだけ落ち着かせてくれる、やさしい方法の一つです。
3. 安全だと感じる人や場所に、少しだけ触れてみる
完全に心を開く必要はありません。ただ、「この人となら、少し安心できる」「この場所なら、少し楽になれる」というものがあれば、そこに少しだけ触れてみてください。
それは、信頼できる友人との短いメッセージのやりとりかもしれません。好きなカフェでのひとりの時間かもしれません。ペットとの静かな時間かもしれません。
人は一人では生きていけないと言いますが、傷ついた心にとって、安全な人や場所とのつながりは、とても大切な薬のようなものなのです。
「癒し」とは、傷がなくなることではない
多くの人が誤解していることがあります。それは、「癒し」とは傷がなくなることだという考えです。
でも、実際はそうではないのです。
体に負った大きな傷は、治った後も傷跡として残ることがありますね。でも、その傷跡があることで、その人が不完全だとか、価値が下がるということはありません。むしろ、その人が困難を乗り越えてきた証として、尊いものだと感じることもあります。
心の傷も、それと同じなのかもしれません。
完全に忘れ去る必要はないし、まったく痛みを感じなくなる必要もない。ただ、その傷とともに生きていくことができるようになること。傷があってもなお、自分の人生を歩んでいくことができるようになること。
それが、本当の「癒し」なのではないでしょうか。
私自身、あの喪失の記憶は今でも私の中にあります。時々、その人のことを思い出して涙することもあります。でも、その記憶は今では、私の人生を豊かにしてくれるものでもあるのです。
その人から教わった愛情の深さ、命の尊さ、人とのつながりの大切さ。それらはすべて、今の私を形作る大切な要素となっています。
あなたの痛みも、いつか、あなたの人生にとって意味のあるものに変わる日が来るかもしれません。でも、それを急ぐ必要はありません。今はただ、その痛みとともに、一日一日を大切に過ごしていけば良いのです。
最後に:あなたのペースで、一歩ずつ
この記事を読んでくださって、ありがとうございました。
もしかしたら、「結局、具体的にどうすれば良いのかわからない」と感じられたかもしれませんね。でも、それで良いのです。
心の傷との向き合い方に、正解はありません。「これをすれば治る」という魔法の薬もありません。ただ、あなた自身が、あなたのペースで、あなたなりの方法で、その傷と共に生きていく道を見つけていけば良いのです。
今日、この瞬間にも、あなたは十分に頑張っています。明日もし、一歩も前に進めなかったとしても、それはそれで良いのです。止まることも、立ち止まることも、時には後退することも、すべてがあなたの大切な歩みなのですから。
一人で抱え込まないでくださいね。この世界には、あなたのことを理解し、支えてくれる人が必ずいます。プロのカウンセラーでも、信頼できる友人でも、家族でも。あなたが声をかけるのを待っている人が、きっといるはずです。
そして、もしこの記事が、少しでもあなたの心の負担を軽くすることができたなら、それ以上に嬉しいことはありません。
あなたの人生が、少しずつでも、あなたらしい輝きを取り戻していけますように。心から願っています。
※この記事は、専門的な医療やカウンセリングに代わるものではありません。もし、日常生活に大きな支障をきたすほどの痛みが続いている場合や、自分自身や他者を傷つけてしまいそうな気持ちになった時は、どうかためらわずに専門機関にご相談くださいね。あなたが専門家に助けを求めることは、決して恥ずかしいことでも、弱いことでもありません。それもまた、自分自身を大切にする、とても勇気ある行動なのですから。
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